Jan 23, 2010

海外ホテルのアメニティ

日本のホテルに泊まることに慣れてしまっている、当ホテルにはついていて当然ではないかなあと思うしまいがちですが、海外ホテル、これは当然ではないです。海外ホテルは非常に高いレベルのお部屋でも止まらないした施設にはついていないことが多いです。歯ブラシは、携帯おくほうがいいです。
海外に行った時には外資系高級ホテルに泊まる場合を除き、海外ホテルを利用する多くの場合に直面するのがトイレの問題です。日本のトイレと様式が異なっても清潔さが不足することも少なくありません。また、海外のホテルでは日本のようなビデを期待することはできません。このため、慣れるまで時間が必要です。
 第93回全国高校野球選手権兵庫大会(県高野連、朝日新聞社主催)は23日、4回戦8試合が行われた。神戸国際大付は昨夏の準優勝、市川を14安打で圧倒。川西緑台、仁川学院、星陵は1点差ゲームを制し、5回戦進出を決めた。24日は試合が予定されておらず、25日に5回戦8試合がある。【大金紗知子】
 ▽4回戦
 ◇…尼崎…◇
琴丘
  000001101=3
  00012010×=4
川西緑台
 (琴)堀−坪田
 (川)三木−原田
 ▽二塁打 坪田、山本(琴)山田、石本(川)
仁川学院
  020000020=4
  000000012=3
姫路飾西
 (仁)田中、西川−岡
 (姫)山本、井上陽−岡部
▽三塁打 福永(仁)
▽二塁打 西本、浜本(仁)井上陽、山本(姫)
 ◇…明石…◇
飾磨
  001000000=1
  00010300×=4
明石商
 (飾)尾嶋−大西
 (明)尾崎−久芳
▽三塁打 巻木(明)
▽二塁打 大西、小早川(飾)長崎、畑(明)
須磨翔風
  000100000=1
  10000010×=2
星陵
 (須)魚井−川野
 (星)野山、宮武−武下
▽二塁打 野山(星)
 ◇…高砂…◇

  000020023=7
  000000000=0
西宮北
 (社)近本、谷口−福永
 (西)岡田、田原−平田
▽本塁打 多田(社)
▽二塁打 小寺、藤井、近本、川居(社)
神戸高塚 00001000=1
加古川北 10004012=8
(八回コールド)
 (神)岡村、菅、森−前田
 (加)岡崎、西嶋−佐藤
▽本塁打 井上(加)
▽二塁打 柴田(加)
 ◇…姫路…◇
神戸国際大付
  220301000=8
  200000000=2
市川
 (神)大川、上野−安積
( 市)遠藤、野崎、笹倉−氏原、藤原翔
▽三塁打 尾松、寺田(神)新見(市)
▽二塁打 石井(神)
御影 00000=0
小野 0541×=10
 (五回コールド)
 (御)五郎丸、福島−野中
 (小)徳永、宇田−河嶋
▽三塁打 宇田(小)
▽二塁打 丹生、河嶋、井上諒(小)
〔神戸版〕

7月24日朝刊

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 ◇「大丈夫必ず復興しますから」
 ◇「阪神」の経験、各地で結実
 被害の大きさは分かっていた。写真でも映像でも何度も見慣れていた。それでも、目で、耳で、肌で感じたあらゆる情報は、すべての先入観を破壊した。新人記者として経験を踏んだ仙台支局を離れてから5年。あれほど美しく、そして懐かしかった風景は、記憶の断片に埋もれていくのだろうか。東日本大震災の発生から3カ月の節目を迎えた6月、私は被災地・宮城を訪れ、それを確かめた。【石川貴教】
 仙台・荒浜地区。いつもは稲の葉が一面に青々と天を突き、白砂を敷き詰めた海岸には穏やかな白波が押し寄せる。伊達政宗公ゆかりの松林が水平線を埋め、渡り鳥が天高く空を舞う。私の知る荒浜はそうだった。6月5日午後、私が訪れた荒浜はがれきの山以外、何もなかった。
 「これでもだいぶきれいになったんですよ」。菊地崇良さん(43)。仙台支局員時代から何度も取材でお世話になった。自宅は荒浜から1キロほどにあったが津波の難は逃れ、震災発生以来、町内会の関係者として荒浜の様子を見続けている。
 菊地さんの案内で、津波に襲われた仙台市立荒浜小学校の中に入る。震災直後は近所の住民の避難所として使われていたが、今は他の避難所に全員移り、誰もいない。入るのに苦労した。泥や木くず、大量のゴミは1階に残されたまま。廊下には、どこからか流されてきた車数台が壊れたまま放置されていた。
 2階に上がると、避難所の名残が目に入る。仮設トイレ、マット代わりの段ボール、大量の毛布……。「よみがえれ!荒浜」「震災に負けるな!荒浜の子どもたち」。黒板を埋める一面のメッセージ。傍らの3月の予定表には、卒業式や大そうじの日程のほか、11日に誰かが「津波」と書き記していた。
 荒浜の風景は、被災地・宮城では特に物珍しくもない。県南の山元町から県北の気仙沼市まで沿岸を車で走ると、どこまでもどこまでも被災地だ。それが当たり前の日常が続いている。阪神大震災(95年)を経験していない私には、取材で耳にした阪神の経験者が語る言葉が急に現実味を帯びて迫ってきた。
 阪神の経験を生かそう−−。だからこそ抱く思いなのだろう。東日本大震災の被災地を巡れば、この思いが各地で結実していることが容易に分かる。
 仙台市から南に約1時間の大河原町にある宮城県大河原土木事務所。3階の一角で、兵庫県道路企画課高速道路計画係主査の安井誠一郎さん(42)が図面をチェックする。「査定が通るようにしっかりとした図面を作らないといけないんです」。指先に緊張が走る。
 復興業務を支援するため、6月1日から5カ月、宮城県に出向派遣されている。主な作業は、津波の被害を受けた山元町や亘理町の道路などインフラの復旧。実際に現場に赴き、一緒に派遣された兵庫県職員3人らと設計図面の作成や査定に向けた資料の作成に汗を流す。仙台市内の宿舎から片道1時間20分かけて電車通勤し、終電ぎりぎりまで作業に追われる日々だ。
 東北大で学生時代の6年間を過ごした安井さんにとって、宮城は第二の古里。兵庫県庁に入庁した1年目に起きた阪神大震災(95年)では、出先事務所で大雪対策に追われ「何も手伝えないもどかしさもあった」と振り返る。「今回の震災で誰しもが何かしたいと思っている。自分の職務でお手伝いできるので、公務員をしていて良かった」。安井さんが拳を固めた。
 荒浜を訪れた日、菊地さんはこう語った。「大丈夫。必ず復興しますから」。二つの震災が結びついている姿を見て、この言葉を信じたくなった。

7月24日朝刊

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