Oct 04, 2009
FXは、ユーロ売りの戦略
合わせて、FXは、ユーロに注目しています。今回はイタリアの国債入札が続く予定されているため入札が不調に終わればユーロ売る動きが強まる可能性があります。最近、世界の金融機関は、欧州債券で資金をドラッグしています。先週は、財政の安定、ドイツ国債でさえも、入札が不調に終わっています。そのため、FXは、ユーロの売り戦略が今のところ発売のようです。手形割引は、会社の信用に応じて現金化することができない場合もあるそうです。これは手形の発行人と会社の業績に左右されるものです。手形を現金化するためには、手形が発行されてから、来月末や半年後など、長期通過する間、待つ必要があるが、資金繰りなどで苦労している会社などは、一日も早く手形を現金化したいと思います。このため、手形の割引を利用することもあります。
「日本のきものプラス」は大阪在住のきもの研究家、清田のり子さん(74)が取材から販売まで1人でこなす専門誌。「着る立場できものを考える会」を主宰するなど徹底して消費者の立場にこだわり、不定期ながら創刊44年になる。
多いときは1万2千部を刷ったこともあるがいまはかなり減っている。出すほどに赤字。「もうやめよう」と何度も思いながらも踏ん張ってきたが、今回の震災では「もはやこれまでか」と覚悟した。長年雑誌を支えてくれたのは50冊、100冊とまとめ買いをしてくれる呉服店。しかし、呉服業界は年間2ケタで縮小する斜陽産業。昨年来、「申し訳ないけれど」と購読中止の連絡が相次いでいて、とてもこの逆風は乗り切れないだろうと思ったのだ。
しかし、半世紀近くきものと付き合ってきた清田さんにして、知らないきものパワーがあった。
震災後、1軒の呉服店となかなか連絡がとれなかった。長年、親しくしてきた宮城県七ケ浜町の老舗。風の便りに、海べりの自宅は流されたが高台にある店は被災を免れたこと、家族は全員無事で避難生活をしていることなどを知り、見舞いの手紙を出し、やっと電話で話をすることができたのは3月も終わりごろのことだった。
その電話で清田さんは驚くべき話を聞いた。いま七ケ浜の店には汚れたきものが積み上げられている。その数1000点以上。いずれも泥をかぶり、海水につかった無残な姿だが、「なんとか元通りにならないか」と顧客たちが持ち込んだもので、ツテを頼り、京都の悉皆屋に送る算段をつけているという。
絹織物であるきものにとって汚れや水は大敵。少しの雨でもぬれないよう気をつかう。それなのに、海水につかり、ヘドロを浴びたきものをなんとかしたいとは。思い出のよすがにという人、亡くなった家族の形見にと訴える人。その熱い思いに業界はこたえることができるのだろうか。
清田さんは早速、取材を開始した。京都の旧知の悉皆屋には東北各地からきものが次々寄せられていた。過去に経験のない「潮づかり」のきもの。水で丸洗いをして塩分をぬき、続いてシミぬきをする。1枚に何日もかかる根気のいる作業。着る人も手入れする人も、特別な思いをきものに重ねている。やはり日本人にとってきものは特別な存在なのだ。
7月には、くだんの店主から「そろそろきものに手を通したいというお客さんの要望でイベントを企画しました」という連絡が入り、清田さんは現地に駆けつけた。がれきが目立つ町で21人の女性が夏きもので集合した。その晴れやかな笑顔。
まだまだ頑張らなくちゃ。清田さんはいま、秋の最新号発刊をめざして取材に走り回っている。(編集委員・石野伸子)
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■淀川フォーラム実行委員会 副委員長・辻川松子さん
淀川の自然をテーマに住民同士がつながっていく。そんなまちづくりに取り組む人たちがいる。平成14年に行政と地元・大阪市の淀川区民らで立ち上げた「淀川フォーラム実行委員会」(小竹武委員長)。その“実働部隊長”として辻川松子さんは奮闘する。
「他の地域にはない大きな川が目の前にあります。その魅力を多くの人に知ってもらい、川とともに次の世代に何を残せるかというのが大きなテーマですね。とはいっても、あまり堅苦しく考えず、イベントなどを通じて伝えようと思っています」
14人のメンバーは辻川さんのような主婦もいれば、医師、飲食店主、ミュージシャン、編集者など実に多彩。環境保全・防災・安全を主な軸に、10月に行われる恒例の「淀川河川敷フェスティバル」をメーンに、勉強会「よどがわ大学」、探検会、清掃活動などを開催する。もちろん手弁当だ。
◇
結婚を機に、兵庫県尼崎市から淀川区へ移り住んできたのは昭和40年代後半。当時の淀川は工業排水が十分整備されていなかったことから、よどんだ茶褐色で水質も相当に悪かった。河川敷には大きな石が散乱するなど殺風景で、野犬も多かった。
「地元では“あまり川には近寄るな”というのが合言葉でしたね。ただ、私の頭には、子供の頃に遊んだ自然豊かな猪名川があったので、淀川もそんな親しみやすい所になったらいいなあ、と当時から思っていました」
転機は平成12年の河川法改正。管理などの権限が地方に移譲され、地元が川に関われるようになった。そこで、大阪市などの発案で委員会が設立され、当時、市から生涯学習推進委員会の委員長を任されていた辻川さんにも白羽の矢が立てられた。辻川さんは近畿地方整備局の河川レンジャーとしても同様の活動を行っている。
◇
この付近には手つかずの自然が残っている。阪急電車と並行する十三大橋から新御堂筋の新淀川大橋までの間にある、淀川流域で最大級の「十三干潟」だ。ヨシ原を含めた約20ヘクタールには、約70種類の淡水魚や水生生物が生息するとともに、100種類にも及ぶ野鳥の楽園となっている。一方、河川公園も整備が進められ、野球をはじめとしたスポーツやバーベキューなどが楽しめるようになった。河川敷には、子供や大人、病気の人らいろんな人たちが日がな散歩に訪れる。
「流域の人たちのおかげで水質もきれいになりました。季節によって、色も匂いもさまざまな変化を見せます。川での癒やしといえば、どうしても緑豊かな田舎と思いがちですが、都会の真ん中にある川でも十分に効力があると思っています」(豊田昌継)
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【メモ】淀川フォーラム実行委員会
平成14年7月に設立。多種多様な人材・NPO法人・市民団体に呼びかけて淀川の自然保護やまちづくりに関する活動を行っている。来月16日に淀川河川公園西中島地区一帯で行われる「第10回淀川河川敷フェスティバル」(淀川区役所と共催)では、ボート探検や生物などの写真や実物展示のほか、フリーマーケットなどの出店もある。
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