Mar 09, 2010

魅力的な看護師求人

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 東日本大震災の被災地では、拠点病院の診療を助け、避難所に暮らす被災者の健康を守るため、全国からの医療チームが支援活動を続けている。しかし、避難所の生活環境は依然として厳しく、感染症の流行や持病の悪化などによる患者が減らず、医療ニーズは高止まりの状態だ。支援チームの派遣はいつまで続くのか―。不安の声が、支援する側、される側の双方から上がり始めており、避難所の環境改善と集約による医療の効率化が急務だ。

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 甚大な津波被害に遭った宮城県南三陸町。志津川地域の中心部で廃墟と化した公立志津川病院の姿が、そのすさまじさを物語っている。そこから高台の方へ抜けると、約200人が避難所生活を送る県立志津川高校がある。校舎1階の教室を利用した救護室に、4月7日午後、狭心症の既往があるという被災者の男性(64)が訪れた。
 診察するのは、神戸市立医療センター中央市民病院の林三千雄医師。4日から南三陸に入り、この避難所を担当していた。「昨夜の発作は何回?」「間隔は短くなってる?」。問診と血圧、脈などから、不安定狭心症の疑いがあると判断した。今夜、心筋梗塞を起こさないとも限らない。早速、入院先を探し始めると同時に、不安げな男性と家族に対し、設備の整った病院で診てもらう必要性を丁寧に説明する。数十分後、ようやく決まった搬送先に向かって救急車が出発した。

■感染症まん延すれば「目も当てられない」
 「ここでは、心電図も取れない。できることは限られますよ」と林医師。実際、この男性のようなケースは少なく、日に20―30人の受診者のほとんどは、風邪やインフルエンザ、胃腸炎などの感染症患者だという。この日も2人の患者が隔離用の別教室で休んでいた。

 「避難所の一番の課題は、まだまだ悪い衛生環境だ」と、林医師は訴える。この避難所では、ライフラインが途絶えたまま。電気は自家発電でまかなえるものの、水道の復旧には、2か月から半年を要するという。感染症科医長の林医師は、まず避難所のトイレを3か所に限定し、プールの水を使った簡易水洗の工夫を指導。自衛隊による給水を手洗い用にも回した。ノロウイルスの流行は収まりつつあるが、衛生問題が根本的に解決しない限り、安心はできない。
 「町の医療機関は津波で失われ、残った周辺病院もタイト。地域の医療資源そのものが落ちているのに、この上、感染症がまん延したら目も当てられないですよ」

■低下する自立度、不十分な食事
 仙台市の北東に位置する多賀城市の文化センター。市内の史跡から出土した遺物などを展示するこの施設も、今は約600人の被災者の生活の場だ。4月に入り、坂総合病院(同県塩釜市)リハビリテーション科のチームが毎日、センター内を巡回している。

 「ここは、施設内の構造が入り組んでいる上に、階段も多い。体調を崩したり、介護が必要になったりした人は、廊下や部屋の隅に隠れるようにして過ごす傾向があります。巡回で、そうした人を見つけ出すのです」と藤原大医師。長期の避難所生活で、自立度が落ち、健康状態が悪化した被災者は少なくない。「震災前は何とか歩けていたのに、ほとんど動けず、紙おむつを使うようになった人もいる」という。
 また、作業療法士の熊谷めぐみさんは、「ここでの食事は、おにぎりかパン、それに汁物などが付いたり付かなかったりという状況。十分な栄養状態とは言えません」と指摘。健康を維持する上で不可欠な食事の改善を訴える。

■避難所の質を高め、医療資源の集約を
 こうした現状に、県内外のチームによる支援は、長期戦が見込まれる。それぞれの地元を空けて被災地に入っている医療者は、複雑な心境をのぞかせる。
 仙台市若林区の若林体育館で診療に当たっていた神戸市医療センター西市民病院の山本満雄副院長は、「医師である以上、被災者を助けたいのは当たり前。阪神大震災の恩返しというつもりもあります」と話す一方で、「神戸の患者さんや、病院を守ってくれているスタッフを思うと、『いつまで東北の被災地で活動できるだろうか』とも考えます」と明かす。

 福島県境に接する山元町で、避難所を巡回していた国立病院機構災害医療センター(東京都立川市)の小笠原智子医師は、「今のような巡回型の医療体制を続けていたら、いくら人手があっても足りない」と強調。必要なのは、生活環境のクオリティーを高めた拠点避難所を設け、被災者と医療資源を集約することだとする。「復興まで長い道のりになるからこそ、医療支援は、被災地が自立できる方向を目指すべきです」

 支援チームの派遣要請の期間は、4月末でいったん終わる。県は、「息の長い支援は不可欠。5月以降の長期戦に付き合ってもらえるチームに打診を始めている」(医療整備課)が、支援物資の届き方など避難所間の格差を解消する上でも、避難所の集約と質の向上を進めたいとしている。「地元医師による診療再開など、地域医療の再生も始まっている。支援チームによる医療と、本来の保険診療による医療を徐々に入れ替えることが次のステージの課題になる」と同課。被災地の医療は、過渡期に差し掛かりつつある。


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